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先日、日記に書いた山田ズーニーさんのワークショップでのこと。

第4回目にあたるワークショップの主題は、これまで3回の
講義を通じて、皆が書いた文章を、互いに読み込み、
良いところを評価しあう、というものでした。

なぜ「こうしたら良い」という指摘でなく、「良いところ」
なのか?については、ぜひ山田さんの著書を読んでもらいたい
とこです。

僕なりに解釈すると・・、

普段から自分を「表現」することに慣れていない
我々にとって、自分の内面を掘り起こし、見つけたものに
ついて書くという表現は、歩き始めた赤ちゃんと同じ。

歩き始めたばっかりの赤ちゃんに対しては、まず
立ち上がったことに対して大きな拍手を送りますし、
たとえ短距離でも歩ければそれだけで大喜びして
抱きしめますよね。

山田さんの仰ることは、そういうことなんだと
理解しています。


改めて講座で一緒に学ぶ24名の文章を読んでみて
感じたこと。

本当に、表現には何一つ同じものはない、ということ
を実感しました。

僕自身が惹かれるのは、表現の中に、書き手が持つ
「一本の槍」が見える文章です。

考えて考えて、書いてみて、また考えて。

やっぱり自分には「これしかない」「これだ!」と、
改めて確信したことが読んでいて伝わってくる文章
を書いた人がいて、その「強さ」にすごく惹かれます。

また、自分が書いていることに対する、どんな意見も
しっかり受け止める!と「覚悟」を宣言している
ように感じる文章を書いた人もいます。

そういう人って、周囲の人も応援したくなるんだろうなぁ。



一方で、僕の文章について。

もらった評価は、

「若い」
シンプル
「わかって『くれ』と迫ってくる文ではなく、与え文に
 なっている」

などなど。


たぶん、これからも僕は「強さ」を感じる文章の書き手に
憧れながら、

「迫ってくるわけではないけど、ポンっと目の前に
 置かれて、それを読むと何か考えるキッカケになる」
 
そんな文章を書き続けるんだと思います。

それが、自分なりの表現。で、良いんじゃないかなぁ、と
沢山の「表現」と接して、いま感じています。

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コメント 1

通りすがりのzenso君

赤ちゃんの喩え、すごく、わかる!
誰しも、赤ちゃんに、フォームとか、腕振りとか、言わないもんね。
なんで、人は指摘するんだろう?
誰のために指摘するんだろう?

あと、感じたのは、
ひげおやじさんは、皆さんからの刺激を通じて、
自己理解が深まってる感じがしました。
なんとなくですけど、、、
by 通りすがりのzenso君 (2011-11-26 12:59) 

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